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こども環境学会講演録 子育てと住まいの意外な関係




東大は合法的シックハウス?

はじめまして、小川工務店の小川勇人です(※ H18.3月当時)。今日は僕が家づくりの現場の最前線で苦しみながら、感じ、学び、実践していることをお伝えします。話は簡単で5分程度で終わる内容ですが、その5分の話をするために、僕が東京大学に呼ばれるほど、日本の子育ての住環境がいかに悪くなっているかということを改めて実感します。

話を始める前に、この会場である日本の最高学府・東京大学大学院医学部教育研究棟の最新の建物、これは思いっきり合法的シックハウスです。最悪です。こういう建物を良いと判断して建築することが最大の問題だと思います。

ここでシックハウスが必然的にできてしまう理由を簡単に説明します。目先のニーズ、この場合、文科省か東京大学の理事会か分かりませんが、施主・消費者のニーズに安易に対応すると、このようにシックハウスが完成します。誰も『シックハウスを作ってくれ』とは要望しませんが、個々の要望・問題を解決し、対応していくと結果的に完成したハコはこのようにシックハウスとなります。

一歩足を踏み入れただけで頭痛を引き起こすこのような建物が、東大の医学部教育研究棟として立派に存在するわけですから、皮肉です。しかし、これが現実です。東大の話はこの辺で終わりにして本題へ。

子育ての住まいについて、具体的なチェックポイントは自著『子育てと住まいの意外な関係』に紹介していますので、そちらを読んで頂くとして、今日はそれ以前の、子育ての住まいの現状や背景についてお話をさせて頂きます。

創業38年 会社と僕の経歴

当社はまもなく創業38年目を迎える、長崎の小さな工務店です。父が創業し用地買収や不動産開発を中心とし、仲介や建売・注文住宅の建築・販売を主な業務としていました(※父は大工ではありません)。会社は順調で、最初は5区画・10区画という感じで土地を買収しては住宅を建て、販売していました。ちょうど10年ほど前、当社としては最大規模の千代の幸団地(約50区画)の開発に着手しました。当時僕は大学卒業後ゼネコンで働いていましたが、この開発を機に退職し、地元長崎へ戻りました。苦難を乗り越えようやく買収に成功し、造成工事も終わり‘いよいよ販売開始!’となった矢先、第一期分譲までは良かったのですが、地価下落傾向が一気に強まり、デフレ経済突入の影響もあり、加えて他社と同じような家を作っていましたので、差別化もできず、一気に販売不振に陥ってしまいました。平成11年頃です。10億円近くの負債を抱え、金利も半端な額ではありません。周囲の多くの同業他社が次々と倒産していきました。そんな状況の中、経営コンサルタントや銀行の担当者からは『もっと安くつくれば、売れるじゃないか』と度々言われた記憶があります。僕は『そうかなー?』と疑問に思っていました。だからといって、他に良い方法があるわけでもなく、逆にあれば売れているわけで苦労していないのです。

当時の僕の仕事は、いわゆる住宅会社の営業マン。お客さんから言われたことを言われた通りにつくっていました。会社には貯蓄があり、それである程度まだ食えた時期でした。

シックハウスをなめていた

言われた通りにやっても、土地も家も売れなくなってきた頃(今でもそんなに売れているわけではありませんが)、住宅業界ではシックハウスという言葉が出始めた時期でもありました。当時は僕も世間同様、シックハウスについてそれほど深刻には考えていませんでした。ただ、自分たちが作った新築の家に入ると、確かに目がチカチカ、鼻にはツンとくる臭いがしていました。それでも『これが新築の臭い』程度で片付けていました。メーカーに問い合わせても『これが普通です』で終わり。その普通のハズの臭いも徐々にエスカレートしてきて、さすがにイヤな予感がしてきました。「これから10年、20年仕事をしていく上で、こんな家を建ててはいけない」と思い始めました。

売れなくて苦しいとき、普通誰もが『どうすれば売れるか』と売れる家を必死になって考えます。しかし僕の場合、『住まいがなぜ必要なのか?』という役割・位置づけと『住まいのあるべき姿とは?』について、四六時中自問自答していました。この姿勢や問いかけは今でも変わりませんが、辿りついた一つの結論が『住まいは、子育てのためにある』こと。そして『住まいは、明るく楽しく健康に暮らすための手段・道具である』というこの2点でした。どうしてそういう考えに辿りついたのかは、未だに僕には分かりませんが、根が真面目だったのでしょう(笑)

体に良い家は、売れない

しかし、今までの何気なくつくってきた住まいに様々な問題が潜んでいると気付いても「これはダメだから、体に良い材料(自然素材)を使いましょうよ」では、一般の消費者は受け入れてくれません。理由は単純で、例えば、自然素材は、汚れやすく、キズがつきやすい、その上値段は割高です。つまり、どこを取っても時代の目先のニーズには対応していません。売れる=ニーズに対応することが、世の鉄則です。体に良い家を作ろうと思っても‘売れない’という皮肉な現実です。体にいいし、肌触りもいいでしょ、では受け入れてもらえない、世の中そんなにあまくないのです。

でも、僕は僕自身明るく、楽しく、健康に暮らせる家に住みたいし、そういう家を提供したい。どうしてそう感じるようになったかというと、今までとちょっと考え方を変え、優先順位を変え、材料を変えてつくった家は、家の中の空気が今までと全く変わったのです。これはもう、別次元・別世界の住まいになりました。これには正直驚きました。と同時に、今までのことを、気付かなかったとはいえ、深く反省しました。

そうして徐々にですが、自然素材の話を聞きつけて、相談にくる家族が増えてきました。自然素材のよさを分かっているはずの家族なのですが、具体的な要望を聞き、詰めの話をしていくと、時代のニーズとは恐ろしいもので、健康に暮らせる住まいへの道順は『左・左』にも関わらず、「右へ、右へ」とお客さんは行きたがる。僕は「左へ、左へ」と行かせようと必死です(苦笑い)。

目の前の受注はノドから手が出るほど欲しい。しかし、言われた通りにつくれば、結果的にシックハウスになる。葛藤です。それでも、体に悪い家は造りたくない。考えた結果、健康に暮らせる住まいを提供する為に、ある時期からお客さんの言うことを頑として安易に聞かなくなりました(当然仕事は減るどころか無くなる勢いでした)。僕たちの信念を理解し、共感して下さる家族の為にだけやろうと、そして子育て優先の住まいの重要性を世間に訴えていこうと。『もう病気になる家はつくらない』と決めました。社会に認められ、食えるようになるのが先か、倒産するのが先か、時間との戦いだと、腹をくくりました。

法的に問題はないが、倫理上問題がある

僕の仕事は、「売れない」=「食えない」を意味します。消費者からの目に見えぬ強烈なプレッシャーのもと、一円でも安く提供した方がいいのは一理あります。しかし、それを最優先すると『つくってはいけない』家をつくることになる。問題は、それをどこまで我慢できるか、ということです。たいていは我慢できません。僕は、我慢・辛抱したからこうして偉そうに講演しているわけですが、普通はできません。売れなければ給料が出ない=家族を養えません。そういう状況に追い詰められれば誰でも躊躇しますが、『生活のためには仕方がない』と最後は割り切るしかありません。こういう現実があるからこそ、学会という公的な場所で僕が現場の話をすることが大事だと思い、こうしてここに来ました。

世の中に出回っている建材、例えばビニールクロスは、法的には何の問題もありません。体に良いとは言えないが、それが原因で即病気になるほど悪いかというとそんな決定的な証拠はありません。しかし、作り手からすれば、明らかに問題があると感じるのは自明ですし、実際に住んでみれば、体調不良を訴える住民がそこに存在します。キレやすく、目に力がなく、顔色が悪い、アトピーやぜんそくの子どもたちは増える一方です。しかし、このような倫理上の問題があったとしても、法的にはなんら問題がありません(仮に消費者が病気になって、メーカー相手に裁判しても負けます)

加えて、銀行からは『小川さんの理想はいいから、売って早く借金を返せ』という圧力だけです。そういう中での戦いです。姉歯さんは他人事ではありません。

現代社会は、家に限らず少しでも安いものがいいと安易に考えています。1円でも安いほうがいいと。しかし、僕はこういう時代だからこそ、100円多く払ってでも安全なものにしましょうよ!と訴えています。特に子どもたちの発育・生活に多大な影響を与える住まいだからこそ。そういう啓蒙活動に労力を費やしています。

僕の仕事には、啓蒙活動的要素がかなり含まれます。右じゃなくて、左、左ですよと、住宅のプロとして、子育て世代にきちんとした情報を提供する使命があると感じているからです。

この3年ほどホームページ(コラム)や著書を媒体として『子育ての住まいの重要性』について訴えてきました。当社ホームページには月に1万数千件のアクセスがあります。それを読んで、気付き、共感し、納得した人が全国から相談に来て、子育て優先の住まいを実現させています。僕の仕事は、『よしやるぞ!』と腹をくくった家族の実現に向けて具体的にシナリオを書き、依頼して下さった家族に『あなたの場合、これしか実現への道はない』と強引にそのレールに乗せて引っ張る(笑)。話がまとまったら、そのあとは建築家の姉・夏井千春が具体的に設計に入ります。

広く・安く・もっと便利に!が命取り

多くの消費者が住まいに求める3大ニーズは、広く・安く・もっと便利に、です。この3大ニーズは、最近の傾向ではなく、戦後ずっと一貫して続いており、住宅・建築業界はそれらのニーズに必死になって対応してきました。そしてそれを満足してきたのが、戦後の住まいであり、現在の住まいでり、おそらく21世紀の住まいです。

そこで育てられた子どもたちがどう育ってきたのか。家族はどうなってしまったのか。昨今の信じ難い子どもや家族を取り巻く様々な社会問題や事件を考える上で、この住まいが与えた影響は、非常に大きいはずです。しかし、多くの有識者が住まいの重要性に気付いていません。

3大ニーズとは、要するに大人たちの目先の都合を最優先した住まいです。そうしてできた住まいは、当然の事ながら、そこで育てられる子どもたちの心や体への影響は殆どといってよいほど考慮されていません。例えば、サラサラだった床や壁がツルツルになったのは、親が掃除をしなくてもよいという便利さを求めた結果です。庭の芝生がコンクリートに変わったのは、草むしりがイヤだからです。象徴的に、東大のこの建物もこうなっちゃったわけです(笑)。この狭い講義室にゴツイ埋込み式のエアコンが4台もあります。これを1台外せば、部屋中もっと体にいい材料に容易に換えることができますし、材料の調湿効果で省エネにもなります。しかし現実は残念ながら、設備(エアコン)を優先して、頭痛を引き起こすような材料をわざわざ使っています。

本来は、使っちゃいけない材料、避けるべき材料というのは、企業の社会的責任あるいは業界全体として言わなければなりません。しかし、目の前のお客さんの言う事をきかないと、他社に仕事を奪われます。このことは住宅業界に限らず、どんな職業・業界でも似たようなことが言えるのではないでしょうか。

信念だけでは食えないし、信念がなくても食えない

僕は『こうじゃないとダメだ!』とある種の押し付けをやっています。プロとして『子育てにはこういう住まいが、絶対良い!』と勝手に一方的に価値観を押し売りしています。世の中には『小川さんの考え方、一理あるな』と気付き、僕たちがつくる住まいで子育てを希望される家族がいらっしゃいます。その家族のために僕は全エネルギーを注いでいます。

悪いと分かっておきながら、つくっていいのか

少しずつ受注が増えはじめ、メディアにも取り上げられるようになり、NHKの取材も受けました。これでようやく食っていけるかな、と思いました。ところが相談は多いのですが、なかなか受注につながりません。軌道に乗りそうなあと一息という所で、また停滞していた平成17年6月頃、ようやく次の依頼がありました。典型的なシックハウスの陰気な市営団地で3人の子どもを抱える家族でした。着手金を頂き、具体的に話を進めていくとご主人が『小川さんの話や信念は分かるけど、もっと安く広くしてくれ』という趣旨を匂わせてきました。大手の○○ハウスも検討しているとも言われました。要するに競合させて値引きを強要するパターンです。これにはさすがに参りました。というのも『子育て優先の家づくり』に共感したから僕へ依頼した、という話だったので。数ヶ月売り上げがゼロのころで、スタッフもいるし、本当に苦しかったです。初めて眠れない夜を過しました。ここまで苦労して、ようやくという所まで来ているのに、神様はまだ僕を苦しめるのか!と。

それでも、ここまできて信念は曲げられない。それは僕の好き嫌いの好みの問題ではなく、世の中に対して『悪いと分かっておきながら、つくっていいのか』という問いかけです。『勇人さん絶対間違っていないから、頑張って!』といつも応援してくださるOBや知人など、たくさんの方々の顔が目に浮かびました。そして目先の売上3000万円は捨てようと決め、父に相談したところ『そんな仕事断ってしまえ!そんなヤツとはつきあうな!』って、父の方がキレていました(笑)。すぐに依頼をお断りし、返金しました。

今思えばあれが最後の試練だったのか、それ以降はさらに吹っ切れて(笑)、その後はおかげ様で順調です。仕事の依頼も長崎県内はもちろん、全国から問合せが相次ぎ、実際に熊本や宮崎でも仕事をさせて頂くことができました。今後は、全国各地で少しずつですが、実績が増えていくのではないかと考えています。

子育ての住まいが悪い原因は、全て"親のご都合主義"にある

僕たちのような会社は、残念ながら今後も増えないと思います。しかし、こういう学会が発足し、こどもの住環境を大切にしようね、見直そうねという視点が生まれたことは僕に限らず、世の子どもたちにとって良い兆しです。僕はこの6〜7年間、これに専念してきた経験があります。姉の設計もピカイチだと思っています。子育てによい住まいをつくるノウハウも実力も実績もあります。子どもたちに親が‘こういう住まい’を与えたら、キレない、引きこもらない、アトピーや喘息にならなくてもすむ。少なくとも、住まいが原因でそうはならないと断言できるぐらいの自信があります。

ところが、現実は親の目先の安易なニーズに対応しなければ食っていけない、それが根本的にネックになっています。つまり、子育ての住まいが悪い原因は全て『親』にあり、被害者は『我が子』だという現実です。わざわざ東大まで来てこんな話をしているのは、いわゆる有識者と呼ばれる方々に、この現実をしっかりと認識して頂きたいからです。

作り手は、プロとしてお客さんのニーズに安易に迎合せず、突っぱねることが時には必要です。例えば、この東大の建物であれば、『エアコン1台あれば十分です。それより、壁材、天井材を自然素材に変えましょう。そうすれば、学生のイライラ感が減り集中できますし、エアコンの効果もよくなり、空気もきれいになりますよ』と素人である施主に説明し、よい方向に導かなくてはなりません。ところが実際は、体にも環境にもそちらのほうがよいのは分かっていても、施主(大学側)から建材はできる限り安くして、エアコンを4台つけてくれと強く言われ、完成したのがコレ。現実です(苦笑)。余談ですが、『エアコン4台つけるのは信念に反しますので、この仕事はお断りします』などというバカな建築業者はいません。

まともな母親なら気付くはず

昔から腹八分という言葉があります。便利さも腹八分にして、体にいいものを優先させるという心掛けを実践すべきです。そうすれば、環境、とくに子育ての住まいは一気に変わります。今までよかったと思っていたものが、子育ての視点に立ったとき、背筋がゾッとするような住まいで子育てしていることに、普通の人であれば気付くはずです。

子育てによい住まいをつくり、手に入れる事は、特許や高度な施工技術や多額の費用を必要とはしません。必要なのは、子育て優先の視点に立ち、親の都合をちょっと後回しにして行動すること、ただそれだけです。長崎だからできるとか、都会だから無理だとか、そういうことは全く関係ありません。作り手も消費者も、『腹八分で、多少不便でもいいじゃないか』と、そういうことをハッキリ宣言していくことがこれから大切です。

子育て優先の住まいに、年収は関係ない

肝心のお金の話をします。僕の依頼人は、年収250万から1千万以上の家族まで幅があります。自己資金なし、車のローンあり、お互い内緒のローンがある夫婦もいるかと思えば、自己資金ウン千万円に加えて、親から資金援助もある人、相続などいろいろです。

そこでどうしているかといえば、僕がつくる家の品質はどこでも誰でも一定(ワングレード)なので、依頼人の条件によって変わるのは家の大きさだけです。資金が少なければ家や土地が多少小さくなる、その程度のことです。小さいといってもその辺のマンションよりは広いですし、子育てするには十分の広さはあります。

あなたも多重債務者予備軍?

最近の個人の家計というのは、非常に虫食い的です。身動きが取れないほど家計が危機的状況にも関わらず、気付いていない家庭が実に多いです。というより、社会が本人に気付かせないように虫食い状態にしていくという表現が正しいかと思います。

年収300万円にも関わらず、300万円の新車に乗り、家賃1万5千円の公営団地に住み、月3万円も生命保険をかけ、夫婦とも携帯電話を持ち、インターネットも使っている。どう考えても不自然です。そうこうしているうちに、気付かぬうちに多重債務者になる人が増えています。そうなると自己破産をサポートする司法書士もいる。これが現実です。

ますます悪化する、子育ての住まい

松田妙子著「家を造って子を失う」という本があります。良い子育てには、良い住まいが必要だということを昭和57年当時から訴えています。松田氏は財団理事長をされており大工育成塾に注力されています。行政にも精通されている方が以前からこのように頑張っているにも関わらず、どうして現状がよくならないのかと疑問に思い、直接お話を伺いに行きました。話の中で僕が感じた事、それは「貧乏人は家を買うな」というニュアンスでした。良い住まいはお金を持っている人だけが住めばよいと。こりゃダメだと思うと同時に、日本で子育ての住まいが重要視されない根本原因の一つに 気付いた瞬間でもありました。

愛知教育大学・高橋丈司教授の「生徒の情緒不安定性についての校舎環境(木造・鉄筋)の違いによる比較」という研究レポートがあります。その中で、木造よりもコンクリート造の校舎の子どもが荒れる傾向にあるなど、きちんとまとめられたデータがあるにもかかわらず、現実には生かされていません。ご存知の通り長崎もいろいろな事件があったにもかかわらず、建て替えられた小学校は、まるで要塞、コンクリートの塊です。このように学校といえども、公共工事は子どもではなく、別の尺度が優先されているのが現実です。

自著「キレる子どもが育たない子育て優先の家づくり」という小冊子を長崎市こども課に100冊寄付しました。同様に2冊目の自著『子育てと住まいの意外な関係』を長崎県児童相談所所長・川原ゆかり氏に寄付を申し出たところ、寄付直前で断られました。『一民間企業に協力していると思われては困る』という趣旨の理由でした。以前から勉強会などで面識があり、子育ての住まいの重要性についても理解して下さっていたように感じていたにも関わらず、非常に残念でした。と同時に、長崎で度々悲惨な事件が続く根本原因のひとつがこういう行政の姿勢にもあると痛感しました。社会に対しては『協力して下さい』と声高に言いますが、これもまた現実です。

ミキハウス子育て総研が大手デベロッパーや大阪ガスと共同で子育て住環境の評価・認定する事業を立ち上げたと新聞記事で知り、直接社長にお話を伺いに行きました。話の中で子育てによい住まいという言葉は同じなのですが、どうもイマイチスタンスが違うことに気付きました。子育てによい、といってもミキハウスは子育て‘する側=親’の視点、僕たちは子育て‘される側=子ども’の視点で住まいの良し悪しを評価・判断します。つまり、よしとするものが、共通項もあれば、正反対もある、ということです。

ハッキリ申し上げておきたいのは、先ほどの時代・消費者のニーズに対応するのと同様で、子育てしている親にとって都合がよいという解釈は、必ずしも子どもにとってよいことにはつながりません。子どもたちにとっては非常に危険な要素が含まれる場合もあります。この評価では、子育てに関する評価100項目に対して点数をつけ、簡単に説明すると80点以上であれば、‘子育てに優良な物件’となります。でも、僕たちからすると、よいと評価される点が仮に80あったとしても、『ここだけは絶対に抑えておかなければならない』というすごく大切なひとつが欠けていてはダメなのです。正直、うまく作られているなー、と違った意味で感心しましたし、怖いなと思いました。こうやって大手に評価されては、一般の消費者は安心して購入しますが、子育ての住まいの本質に気付くことはおそらくありません。

こども環境学会には九州大学建築学科・竹下教授の薦めで入会しました。学者だけでは限界が来ているので、民間人の現場の意見や情報も得たいと。学会誌への論文・研究報告募集を知り、実学に基づいたレポートを提出しました。結果はというと、さんざん待たされた挙句、『具体的なデータが添付されていない』『論文の形式になっていない・・・』と学者の尺度では全く相手にされませんでした。学会もいろんな人の意見を聞かないと行き詰っているということだったので協力できればと思い、提出したレポートでしたが、結局学者体質はそう簡単に変わるものではなかったようです(学会誌には民間人のレポートは殆ど掲載されなかった)。学者の枠や形が大切なのか、それとも中身が大切なのか、学会の体質も踏まえ、このままではこどもを取り巻く環境はよくなっていかないでしょう。『この学会はダメだな』と見切りをつけたところに、今回の研究会での講演話がきました。『まだまだ捨てたもんじゃないな』と考え直した次第です。

僕は、立場上データを取り、学術的な証明ができるわけではありません。しかし、家づくりの現場でそれなりの実績は残してきたと自負しています。

物言えぬ子どもがパワーをくれる

長くなりましたが、これまで話したような姿勢・信念に沿って建てた家、そこで暮らす家族、とくに子どもたちのイキイキとした表情が僕たちの子育て優先の住まいづくりという仕事の意義、成果を証明してくれます。と同時に、『やらなねばならぬ』という使命感とパワーを物言えぬ子どもたちが与えてくれます。

ご清聴ありがとうございました。

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